森山一人の役目。岡部一人は井伊の行列が、邸から突出するを斥候する役目。さて目的を果たせし後は、互々潜行して大阪の義挙に加わること。また、重傷を蒙りて進退意の如くならざる者は、斎藤監物に率いられ田安殿、内藤殿、脇坂殿いずれへなりと、自訴すること。以上承知ありたい』
厳かに、こう申し渡した[#「こう申し渡した」は底本では「かう申し渡した」]関の面上に、凄気が流れた。同志は寂として、しわぶき一つするものがない。悲壮の気、霏々《ひひ》として降る雪の愛宕山上に漂った。
『時分はよかろう、一同出発!』
関が号令をかけると、一同は申し合わせたように武者震いした。じーんと血が頭へ集まっていくのを感ずる。
菱餅を並べたかに似た金杉、芝浦の街並みは愛宕山上の眼下にあった。品川、大森と思える方の雪の杜《もり》は、はてしない海に続いている。遠く上総の洲崎は煙っている。いま、同志がおりて行く男坂には、もう雪が四、五寸も積もった。
七
木綿の白い褌二本を買い求めて、八蔵爺さんが急いで絵馬堂へ戻ってきた時は、もう十八の同志が出発した後であった。
土間に十八人で分けて飲んだ貧乏徳利と茶のみ茶碗
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