はじめた。
『雪景色に茶ばかりでもあるまい。一杯いくことにしよう』
 有村は、こういって八蔵爺さんを呼んできた。
『おっさん、道の悪いのにご苦労だが酒を少々買ってきて貰いたい』
 懐中から二朱金をとり出して、八蔵爺さんに渡して、
『一升あれば充分だ。それに、ちょっと摘《つま》むものを二、三品頼む。残った金はおっさんにみんなやる。』
『はい、どうも――』
 爺さんは、低く頭を下げた。当時の物価では、これだけの買物についてくる二朱金の剰銭は莫大である。

     五

 爺さんは、酒と摘み物を買ってきた。すると有村は、
『おっさん度々《たびたび》ですまんが――実は拙者はけさ風呂屋へ褌を忘れてきた。お恥ずかしい話だが、ちょっと二筋ばかり買ってきてくれまいか』
 こう言って、また一朱金をひと粒出した。有村は、爺さんが酒買いに出て行ってから、自分の褌の汚いのに気がついたからである。我が死にざまを眼に描いた。
 五人は、他の同志のくるのを千秋の思いで待った。やがて第一番に海後磋磯之介と山口辰之介が絵馬堂を捜してきた。次に、関鉄之介、野村彝之介、木村権之衛門、森五六郎、佐野竹之介、黒沢忠三郎、斎藤
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