もと主人は洋行中から名代の病人だつたので、たゞ養生一つで持ちこたへてゐたのでした。私が小金井へ来ました時、「よく評判の病人のところへよこしたなあ」と笑つたくらゐです。今度のことは、すらすら運ぶ用事とは違ひますから、主人も千住へ行くと、夜更けに車で送つて貰ふのです。用談も手間取りますが、さうした中でも未開な北海道の旅行中に幾度も落馬したこと、アイヌ小屋で蚤袋といふ大きな袋に這入つて寝て睡りかねたこと、前日乗つた馬が綱を切つて逃げたために、土人と共に遠路をとぼとぼ歩いたことなどを話して、心配中の人々を暫時でも笑はせなどしました。
 日記にはなほ賀古氏と相談したともしてあります。賀古氏も定めし案じて下すつたのでせう。でも直接その話には関係なさらなかつたやうです。
 十月十七日になつて、エリスは帰国することになりました。だんだん周囲の様子も分り、自分の思違へしてゐたことにも気が附いてあきらめたのでせう。もともと好人物なのでしたから。その出発に就いては、出来るだけのことをして、土産も持たせ、費用その外の雑事はすべて次兄が奔走しました。前晩から兄と次兄と主人とがエリスと共に横浜に一泊し、翌朝は五時
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