精養軒通ひを始めました。非常に忙しい中を繰合せて行くのです。次兄はまだ学生ですし、語学も不十分です。兄は厳しい人目があります。軍服を著て、役所の帰りに女に逢ひには行かれません。それに較べると主人は気楽ですから、千住では頼りにして、頻りに縋られます。父は性質として齷齪なさいません。どうにかなるだらうくらゐの様子でしたが、母は痩せるほどの苦労をなさいました。何しろ日本の事情や森家の様子を、納得の行くやうに、ゆつくり話さねばなりません。かれこれする内に月も変りました。
その頃の主人の日記に、「今日は模様宜し」とか、「今日はむつかし」などと書いてありますのは、エリスとのことでせう。前にもいつたやうに、北海道で発掘した人骨を詰めた荷物がつぎつぎと著きますので、それらは決して人任せにはせられません。どんな破片でも大切なのですから。但しそれで忙しいのは楽しみらしいのですが、今度のことは、私としては、兄のためといふばかりでなく、父母のためにも、いひかへれば家の名誉のためにも尽力して貰ひたいと思ふのですから、主人の日々の食事にも気を附け、そろそろ寒くなるにつけて、夜は暖かにしてなどと気を配ります。もと
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