兄の帰朝
小金井喜美子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)本間《ほんけん》
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兄が洋行から帰られたのは、明治二十一年九月八日のことでした。家内中が幾年かの間待暮してゐたのですから、その年も春が過ぎてからは、その噂ばかりしてゐました。少し前に帰朝された人に、「年寄達に様子を話して下さい」とお頼みでしたので、その方が訪ねて下すつて、親切にいろいろ話して下さいました。日常生活から、部屋の様子、器具の置場などまでして話して下さるので、どんなだらうか、あんなだらうかと想像をも加へて、果がありません。
「夜帰つて来て、幾階もある階段を昇るのに、長い蝋マッチに火を附けて持ちます。それが消える頃には部屋の前に著きます」と聞いた弟は、細長い棒を持つて来て、「これくらゐですか」などと尋ねます。
「いゝえ、そんなに長くはありません。箱をポケットに入れて、消えれば次のを擦ります。どこでも擦れば附きますから、五分マッチともいひます。」
さうした話を、何んでも珍しく聞くのでした。
祖母は夫が旅で終つた遠い昔を忘れないので、「旅に出た人は、その顔を見るまでは安心が出来ません
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