よ」といはれます。母は、「そんな縁起でもないことを仰しやつて」と、嫌な顔をなさいますが、心の中では一層心配してゐられるのです。親戚西氏の近親の林氏は人に知られた方でしたが、洋行された留守宅で、商人を呼寄せて何か拡げさせて興じてゐた最中に、不幸の電報が届いたとのことで、その話には誰も心を打たれました。ですから、「慎んで待受けねば」といふ気持が強いのでした。
 かねて父の往診用の人力車はあつたのですが、兄の帰朝のためにとまた一台新調して、出入の車夫には新しい法被を作つて与へました。帰朝の日には新橋まで迎ひに出すといふ心組でした。
 ところが兄は、同行の上官石黒氏を始め、その外にも連があつて、陸軍省から差廻しの馬車ですぐにお役所へ行かれましたので、出迎へは不用になりました。
 私は早くから千住の家へ行つて待つてゐました。兄はあちこち廻つて帰られたので大分後れましたけれども、どこかで連絡があつたと見えて、橘井堂医院の招牌のあるところから曲つて見えた時は、大勢に囲まれてお出でした。土地がらでせう、法被を著た人なども後から大勢附いて来ました。そして揃つて今日の悦びをいふのでした。父がその人達に挨拶
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