をします。気の利いた仲働が、印ばかりの酒を出したやうです。家の中では、旧い書生達まで集つて来て悦びをいひます。祖母は気丈な人でしたけれど、お辞儀をしただけで、涙ばかり拭いて、物はいはれませんかつた。私はそれを見て、同じ様に涙が止りませんでした。父はにこにこして煙草を吸はれるだけ、盛に話すのは次兄一人です。
やがて私は、家の車で送つて貰つて帰りました。その頃小金井は東片町に住んでゐました。始めは弓町でしたが、家主が、「明地があるから」といつて建てゝくれたのです。弓町では二棟借りてゐました。国許から母と妹とが来たので狭くなつたからです。東片町は畠の中の粗末な普請です。庭先に大工の普請場があつて、終日物音が絶えません。新築がつぎつぎに出来るためでせう。向ひ側には緒方正規氏が前から住んでゐられましたが、そこはお広いやうでした。その頃郵便局のあつた横町から這入るので、左へ曲ると行止りになる袋小路でした。小金井はアイヌ研究のために北海道へ二箇月の旅行をして、この月六日に帰つたばかり、それで十日からは授業を始めますし、卒業試問もあるといふのです。その頃はそんな時に試験があつたのでした。その備準もせ
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