ねばならず、北海道からは発掘した荷物が来るのですから、繁忙を極めてゐました。
 その頃の東片町は、夜になると寂しいところでした。私の部屋のある四畳半は客間の続きですが、雨戸なしの硝子戸だけでした。いつか雨続きの頃、主人は会があつて不在の晩、静かに本を読んでゐる内に夜が更けました。ふと気が附くと、窓の前でペタッ、ペタッといふ音がします。何かしら、と首を傾けても分りません。暫くすると、また音がします。高いところから物の落ちる音ですが、それが柔かに響くのです。気味が悪いけれど、思切つて硝子戸を少し開けて、手ランプを出して見ましたら、やつと分りました。それは大きな蝦蟇が窓の灯を慕つて飛上り、体が重いのでまたしても地面に落る音なのでした。蹲つてこちらを見る目が光つてゐます。翌日早速厚い窓掛を拵へました。その家は、私共が引移つた後には長岡半太郎氏が長く住んでゐられました。
 話が脇路へ反れました。兄は帰朝後、新調の車で毎日役所へ通はれます。私は閑があれば兄を訪ひました。私への土産は、駝鳥の羽を赤と黒とに染めたのを、幾本か細いブリキの筒へ入れたのです。御出発なさる時に湖月抄と本間《ほんけん》の琴とを
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