買つていたゞきましたから、「もう十分ですのに」とは申しましたが、若い時ですからやはり喜びました。その羽を覚つかない手附で帽子に綴ぢつけなどしました。
さうして九月もいつか二十日ほど過ぎた或日、独逸の婦人が兄の後を追つて来て、築地の精養軒にゐるといふ話を聞いた時は、どんなに驚いたでせうか。婦人の名はエリスといふのです。次兄がそのことを大学へ知らせに来たので、主人は授業が終るとすぐ様子を聞くために千住へ行つたといふ知らせがありました。さあ心配でたまりません。無事に帰朝されて、やつと安心したばかりですのに、どんな人なのだらう。まさか詰らない人と知合になどとは思ひますけれど、それまで主人の知己の誰彼が外国から女を連れて帰られて、その扱ひに難儀をしてゐられるのもあるし、残して来た先方への送金に、ひどくお困りなさる方のあることなども聞いてゐたものですから、それだけ心配になるのでした。
夜更けて帰つた主人に、どんな様子かと聞いて見ても、簡単に分る筈がありません。たゞ好人物だといふのに安心しました。事情も分つたらそれほど無理もいふまいとの話に頼みを懸けたのです。
それから主人は、日毎といふやうに
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