に起き、七時半に艀舟で本船ジェネラル、ウェルダーの出帆するのを見送りました。在京は一月足らずでした。
 思へばエリスも気の毒な人でした。留学生達が富豪だなどといふのに欺かれて、単身はるばる尋ねて来て、得るところもなくて帰るのは、智慧が足りないといへばそれまでながら、哀れなことと思はれます。
 後、兄の部屋の棚の上には、緑の繻子で作つた立派なハンケチ入れに、MとRとのモノグラムを金糸で鮮やかに縫取りしたのが置いてありました。それを見た時、噂にのみ聞いて一目も見なかつた、人のよいエリスの面影が私の目に浮びました。



底本:「日本の名随筆 別巻31 留学」作品社
   1993(平成5)年9月25日第1刷発行
底本の親本:「鴎外の思ひ出」八木書店
   1956(昭和31)年1月発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2006年11月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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