下を往《い》ったり来たりします。歌うもあれば笑うもあり、その賑やかさに、私は目を見張って驚いていました。
 送って来た小母さんが、お母さんに話していました。
「あの水口の檀那《だんな》が、子供たち(娼妓)がどれもどれも赤い衿ばかりで並んでいるのを見ると(張見世《はりみせ》のことをいうのでしょう)、あまり変りがないので面白くないから、皆|浅葱《あさぎ》か藤色にして見ようといっていられましたが、それからさっぱり客が来なくなったそうで、やっぱり赤くなければ人目を惹《ひ》かないと見えるといわれました。今見たらまたもと通りに赤になりましたよ。」
 その家は水口楼というのです。旦那《だんな》というのは学問がしたいといって、お隣の家へ漢学を習いに来るのでしたから、いわば私と同門のわけです。私は『日本外史』などを習っていました。
 小母さんはまたこんな話もしました。
「娼妓が時によると客に出るのを厭《いや》がって、ちっとも売れなくなるそうです。そうすると、遣手《やりて》といいますか、娼妓の監督をする年寄《としより》の女が、意見をしたり責めたり、種々手を尽しても仕方のない時は、離れへ連れ込んで縛《しば》
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