|溜《だまり》などを取ると狭くなるので、薬局だけは掛出しにしてありました。
 昼は静かなのですが、夜になると遠くもない青楼の裏二階に明りがついて、芸者でも上ると賑《にぎ》やかな三味線や太鼓の音が、黒板塀《くろいたべい》で囲まれた平家《ひらや》の奥へ聞えて来ます。
 或夜、たしか酉《とり》の町の日でしたろう、お隣の仕舞屋《しもたや》の小母《おば》さんから、「お嬢さん、面白いものを見せてあげましょう」と誘われたので、行って見ますと、その家の物干《ものほし》から斜に見える前の青楼の裏二階で酒宴の最中です。表二階では往来から見えるというので禁止になっているのだそうで、大分大勢の一座らしく、幾挺《いくちょう》かの三味線や太鼓の音に混って、甲高《かんだか》いお酌の掛声が響きます。甚句《じんく》というのでしょうか、卑しげな歌を歌う声も盛《さかん》です。そこへ娼妓《しょうぎ》たちでしょう、頭にかぶさる位の大きな島田髷《しまだまげ》に、花簪《はなかんざし》の長い房もゆらゆらと、広い紅繻子《べにじゅす》や緋鹿《ひが》の子《こ》の衿《えり》をかけた派手な仕掛《しかけ》姿で、手拍子を打って、幾人も続いて長い廊
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