ろ》の鉢植がありました。石榴は直水《じかみず》を嫌うからと、鉢が大きな水盤に入れてありました。それに実がいくつか附いた時などはお喜びにもなりますが、誰にでも褒《ほ》めてもらいたいのでした。どこからか古い雛段《ひなだん》を出して来て順序よく並べ、暫《しばら》くするとまた並べ替えるのでした。大釜《おおがま》を古道具屋から買って来て、書生に水を一ぱい張らせます。夕方植木に水をやるのは私の役でした。そんなですから私も自然|見真似《みまね》をして、小さな鉢に松や南天などの芽生《めばえ》を植え、庭に出る事が多いのでした。
 或《ある》曇り日の午後、ふと出ていらしたお兄様は、杖《つえ》を手に庭の飛石を横ぎるとて、私の木蔭《こかげ》にいるのを見て、「おい、行かないか」と声をおかけになりました。「はい」と御返事をして、そのまま手の土を払って附いて出ました。古びた裏門を出ると、邸の廻りに一間幅《いっけんはば》位の溝《みぞ》があって、そこに吊橋《つりばし》が懸っています。それを下《おろ》して、ずんずん右の方にいらっしゃいます。左はそこらの大地主の広い庭で、やはり溝が廻《めぐ》って、ぽつぽつ家つづきなのです。
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