手入にかかっておりました。千住で郡医となって、向島へは折々御機嫌伺いに出るのでした。開業していましたが、病人が来ても植木にかかっている時は、なかなか手離そうとなさいません。書生《しょせい》に、「先生、もうよほど待たせてありますから」と催促せられて、やっと立上るのでした。お母さんなどは、「ほんとにお父さんにも困るね。いつも土いじりばかりなすって、堅い手をしていらっしゃる。きれいな柔《やわらか》い手を、人はお医者のようだという位なのに」といっておられました。
 それでも松の鉢植はどうやら持ち直して、新芽を吹いた時の喜びは大したものでした。鉢も立派でしたから、それを客間の床の台に据えて、その幹を手で撫《な》でながら、「おれは植木の医者の方が上手かも知れない。蟠竜《はんりょう》というのはこんなのだろう。これを見ると深山の断崖《だんがい》から、千仞《せんじん》の谷に蜿蜒《えんえん》としている老松《おいまつ》を思い出すよ」と仰《おっ》しゃるので、皆その大げさなのをおかしいとは思いながら、ただ「ほんとですね」とだけ申しました。相槌《あいづち》を打たぬのがお気に召さないのでした。
 その外に石榴《ざく
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