るのです。何か品をいいますと、後に立っている小僧さんが、元気な声で、「はーい、はーい」といいながら、走って蔵から持ち出して来ます。客の絶間《たえま》もありません。阿部様、土井様、酒井様、亀井様、近くの華族の邸は皆出入です。私どもが曙町《あけぼのちょう》へ移って間もない頃、そこらに火事があって、私の家は高台ですからよく見えます。大丸の棟を火が走ったかと思いましたが、助かりました。何んでも鳶《とび》の者が棟の上に並んで消したとかいいました。そんな旧家は段々に寂《さび》れて、アパート式にもなったようですし、銀行にもなりましたが、いつかその跡もなくなりました。
そこらに宅の出入の車宿《くるまやど》がありましたが、その親方がいつも、「御前様《ごぜんさま》が、御前様が」といいますから、「御前様とは誰なの」と聞きましたら、「大乗寺の御前様でさあ」と、さもさも知らないのかというような顔をしました。大乗寺の住職というのはよほど敏腕家らしく、宮内省へも出入して、女官なども折々見えるとのことでした。ちょうど吉田屋の裏になります。大事な御得意なのでしょう。
車宿は通りへ出て一番大乗寺に近く、それこそ傾きか
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