かった三軒長屋の端なのでした。崩れた棟瓦《むながわら》の間から春になると蒲公英《たんぽぽ》が咲きました。どうせ持主も改築するつもりで、うっちゃって置いたのでしょう。その親方は非常に健脚で、遠路を短時間に走るのが自慢でした。遠慮のない大声で物を言いますが、人柄は素朴で、引子《ひきこ》を二人位置き、子供は三人あって、口数の少ない、おとなしそうな妻と睦《むつ》まじく暮らしていました。車を引き込むので土間《どま》は広いのですが、ただ二間のようですから、引子はどこへ寝かすのかと聞きましたら、「二階です」といいます。そう言われて気を附けて見れば、土間から梯子《はしご》がかけてあります。低い屋根ですから、きっと立っては歩かれない位でしょう。その妻が来た時、「今少し広い家へ行きたいのですが、大乗寺が遠くない処と思うのでむつかしいのです」などと話しました。それが、「おやじ、おやじ」というのですが、「おやつ」としか聞えません。それで宅の子供たちは、車屋のことを「おやつ、おやつ」というのでした。
 その妻が急病で死んだ後に来たのは、夫より少し年上らしく、目鼻立はわるくありませんが、額が抜け上ってきつい顔をし
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