から来た道と、三つが一緒になって板橋へ延びています。そこの角の万金という料理屋は大分古いので、昔東北の方から来る人たちは、そこで支度でもしたのでしょう。様子は変っても、戦災前までありました。これは近年のことですが、その万金の側に食料品屋が出来て、屋根一ぱいの看板をあげたのが浅田飴《あさだあめ》の広告で、「先代萩《せんだいはぎ》」の飯焚場《めしたきば》の鶴千代君《つるちよぎみ》の絵でした。「空《す》き腹に飯」という文句がよく出ていました。実物大といいましょうか、どうもよほど大きいようで、どこでもあんなものは見かけませんが。それが下手な絵なので、見苦しいと思いました。
通りの向いに大丸といって、そこらでの大きな呉服店があって、しっかりした土蔵造りでした。店の前に幅の広い紺の暖簾《のれん》に大丸と染めたのが、いくつか斜に往来へ出ていて、縁にかなりの幅の真田紐《さなだひも》が附いて、石が重りになっていました。その間から這入りますと、番頭が幾人か並んでいて、お客さんはその前へ腰を掛けて買物をするのでした。天井から美しい帯地や反物《たんもの》が頭の上へ下げてあるのは、目新しい品を目に附くようにす
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