、誰が蔵へはいって始末したのでしょう。あれだけあった『古典全集』が幾らもありません。『文学全書』『歌学全書』など、たびたび見る本は、表紙が破れるので綴じかえて、上にそれぞれ書名を書いて置いたのですが、それも同じことで、幾冊か残っているだけでした。ただ奇蹟とでもいうように、『湖月抄』の本箱だけは無事でした。暗い蔵の中の下積みになっていたので、ただの古本の箱と思って見捨てられたのでしょう。
 その後また幾年も経過して、烈しい世の中の動きにつれて、住所も安定しませんので、いよいよ老耄《ろうもう》した私は、焼け残った本を少しずつ持って、あちこち流転を続けています。
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   落丁本

 小石川《こいしかわ》の白山《はくさん》神社の坂を下りて登った処は本郷で、その辺を白山|上《うえ》といいます。今残っている高崎屋の傍から曲って来て、板橋《いたばし》へ行く道になります。農科大学前の高崎屋は昔江戸へ這入《はい》った目印で、板橋で草鞋《わらじ》を脱いでから高崎屋まで、いくらの里程と数えたと聞きました。
 白山上は団子坂《だんござか》から来た道、水道橋《すいどうばし》から来た道、高崎屋の方
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