をなさるのでした。私に見せて下さるばかりでなく、御自分が見たくてお買いになって、その跡を下さるのです。
博文館の『日本文学全書』や『日本歌学全書』が出るようになってから、手軽に本が手に入るので、次々と買って読みます。木版本は本箱に積んで置いて、折々出して見るのでした。
女学校の始めの頃に学校で読みましたのは『徒然草抜穂《つれづれぐさばっすい》』『土佐日記』『竹取物語』などで、きっと教科書用に拵《こしら》えたのでしょう、誰にでもやさしく読める本でした。学校も始めはお茶《ちゃ》の水《みず》でしたが、上野《うえの》になり、一《ひと》ッ橋《ばし》に移って行き、その間に校長も先生もたびたび代ります。平田|盛胤《もりたね》という若い国語の先生が見えました。平田|篤胤《あつたね》の御子孫だそうで、尤《もっと》も御養子とのことでした。『土佐日記』の一節を一わたり講義なすって、「不審のある方は手を挙げて」とおっしゃると、幾人もいない生徒のあちこちから手があがります。注釈本でも見たら一目で解るものをと思いますのに。
同級に土佐出身の身分の良い家のお嬢さんがいられて、美しいお方でしたが、
「かみがらに
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