とて京都に滞在していられたように聞きました。そこはすぐに不縁になって、里に帰っていられる内に、縁があって森の家へ来られることになったので、その時のお支度をそっくり持って来られたのです。兄が東京勤めになって、家族が一緒に住み始めた頃、母は、「いろいろ見せて戴いたよ」といわれました。床の間には定紋の縫《ぬい》のある袋に入れた琴や、金砂子《きんすなご》の蒔絵《まきえ》の厨子《ずし》なども置いてありました。何しろいろいろの衣類を持っていられるのですから、私の娘も一度拝借したことがありました。富豪へお嫁入なすった時に、先方の母親が「お著物を拝見しましょう」といわれ、見終ってから、「官員様のお父様としては、よくお揃《そろ》えになりましたね」といわれたので恥しい思《おもい》をした、と話されたそうです。物には段階があるもので、われわれなどの夢にも知らぬあたりのことです。
 その頃は誰も遠慮がちなので、静かな家庭のようでした。それがいつまでも続けばよかったのですけれども、そうは行かなかったのです。或時|紺飛白《こんがすり》の筒袖《つつそで》の著物の縫いかけが、お嫂様のお部屋にあったのを見かけました。於菟
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