ず楽しんでいるかと思いまして。
 跡は親しい近親の人に形見として分けました。小さい男の孫は、「おじい様のようでしょう」と、赤い紐を指にかけて握って見るのでした。残して置いた幾つかは、小さい箱に入れたまま、惜しいことに戦災で失いました。
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   忠婢

 はつが始めて家へ来たのは、明治三十年頃でしたろうか。私の子供も長男に妹が二人で、皆まだ小さくて、手のかかる盛《さかり》でした。
 その頃のことですから雇人に不足はなくて、請宿《うけやど》へいって遣《や》りますと、すぐに人をよこしてくれます。或時頼んで遣ったら、そこの引手《ひきて》が三人の女を連れて来て、「どれでもお好きなのをお使い下さい」といったのには呆《あき》れました。まだ若かった私は、一目見たばかりの女たちを何ともいいようがなくて、「どうしましょう」と母に相談しましたら、「お前が若いのだから一番若いのにしたらよかろう」といわれたので、それに極《き》めました。そんなに手軽に雇っても、調べが行届いていて、割合に間違などはないのでした。その頃は曙町に住んでいましたので、請宿は白山《はくさん》坂の中途にありました。雇人|口入
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