これは旭玉山《あさひぎょくざん》という彫刻師の作で、この人は天保の頃浅草で生れ、初めは僧侶《そうりょ》でしたが、象牙の彫刻を好んで種々の動物を造ったので、髑髏は最も得意なのだそうです。その技術の精巧なのに内外人を驚かし、明治になって美術学校教授となり、明治十四年の第二回博覧会へ出品した髑髏の彫刻には、明治大帝の御前で、総裁|能久親王《よしひさしんのう》から名誉賞を授与せられたのです。そうした人が造ったので、よく見たら玉山の銘がありました。その話をしましたらよく知っていまして、自分の専門に縁のある髑髏なのですから、今まで展覧会などでも、注意して見ていたといいました。
 根附は手先の技巧の勝《すぐ》れた日本人の得意とする小芸術品で、外国人には真似《まね》の出来ない緻密《ちみつ》なものを作るのでしたから、外人にも珍重せられるのだと思います。洋行しました時にも、外国の博覧会などに多く陳列されていて、それについての著書が独逸《ドイツ》にも英国にもあるのに、その本国の日本ではかえって等閑に附せられていると、外国の学者たちにいわれていたのだそうです。

 私どもが蓬莱町《ほうらいちょう》に住んでいた
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