思出しました。宅の母は幾度も著ないで亡くなりましたが、袖無しは戦災を免れて、今も箪笥《たんす》の奥深くしまってあります。森のは焼けたように聞きました。跡のお家のはどうでしょう。
その頃の禅林寺は、本堂の藁葺《わらぶき》は崩れかかり、鐘楼の鐘は土に置いてあり、ひどく荒れ果てた様子でした。今は住職の努力で立派に再建されています。墓地の隅には、向島に住み始めた頃に祖母が郷里から土を取寄せて、標《しるし》ばかりに建てた石がまだあって、小さい祖母の姿をさながら見るようです。
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根附
小金井はこれという道楽のない人でした。時候のよい時に静かな田舎を散歩する位なものなのです。物事は非常に丁寧でしたが、器用ではありません。同じ解剖教室に今田束《いまだつかぬ》という人がいられました。それはまた器用な人で、同じ標本を造るのにも鮮かな手際を見せられるので、ひどく感心しておりました。一緒に向島のボートに行ったり、その帰りに浅草辺を散歩したりするのでしたが、明治二十二年の秋でしたろう、急の病気でお気の毒にもお亡くなりになりました。お形見だといって、遺族の方から根附《ねつけ》を二つ下さ
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