いつか目頭《めがしら》が熱くなりました。歌は百人一首だけがお馴染《なじみ》だったのです。
「お祖母様はお上手ね。結構ですからお書きになったら。」
「筆なんか持ったことはないよ。お前書いて置いて、林が帰ったら見せておくれ。誰にもいってはいやだよ。」
恥しそうな御様子です。
明くる日、帰宅せられた時はなかなかの混雑でしたが、少しの合間《あいま》に赤い袖無しを著て、ちょこちょこと座敷へ出て、「御無事でおめでとう」と、丁寧に挨拶《あいさつ》をなさいました。
その夜、お客が遠退《とおの》いた時に、歌を書いた紙を私がそっと出しましたら、お兄さんはそれを見て、にこにこ笑っていられました。
翌日出勤の時に、「お祖母様、歌をありがとう」と、声をお懸けになりましたら、首を縮めて、小さな体を一層小さくなすったということでした。
それから気の張《はり》がなくなったというのか、めっきり弱くなられましたが、三、四月頃からは米寿《べいじゅ》の祝をして上げるといわれたのをひどく喜んで、いつもその気分でいられるのでした。人が見えて、そこらがごたごたしますと、「お客様は大勢かい。賑《にぎや》かだね」などといわれ
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