ぶたえ》の裏、綿《わた》をふくらかに入れた袖無しです。背には粟穂違いの紋が、金糸に色糸を混ぜ合せて、鮮かに縫ってあります。
「まあ、見事ですこと」と、家中寄って眺めていますと、そこへまた森の母が来られていわれました。
「ちょうど宮内省からいただいた白生地があるので、お祖母様の退院の心祝いを兼ねて緋に染めさせて、家ばかりでなく親類の女の年寄の方たちにも贈物にしようとお兄さんがいわれたので、それぞれの定紋《じょうもん》を縫わせて、五つほど造らせたから、お前の処のお祖母様にもと届けさせたのだが、綺麗でしょう。」
 宅の母はそれを、「あまりお立派で勿体《もったい》ない。飾って置きたい」といわれました。
 その内に三十七、八年戦役になって、兄は出征されましたので、あの袖無しを著《き》てお祝の席に出ると楽しみにされたのも徒《いたずら》になって、時が過ぎました。ですから三十九年の一月に凱旋《がいせん》になった時の祖母の喜びは非常なものでした。その前日に尋ねましたら、「祖母様がちょっと」といわれます。
 何かと思ってお部屋へ行きますと、小さな火燵《こたつ》に寄りかかって、笑いながら、「こうやって林《り
前へ 次へ
全292ページ中257ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小金井 喜美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング