《ささきのぶつな》大人《うし》の書かれたのに、その母性愛のことの記されてあるのを読んで動かされました。成尋はひよわかったので、人に抱《だか》せると泣き、自分が抱けば泣止む。寝床へ置いても泣出すので膝《ひざ》の上で寝かせ、高坏《たかつき》を灯台として膝の前にともし、自分は背中を衝立《ついたて》障子にもたせかけて、百日の間は乳母《うば》にも預けずに世話をしたなどとあるのです。時代こそ違え、身分こそ違え、祖母の孫に対する心は、阿闍梨の母にも劣らなかったろうと思います。何しろ母が若かったので、長兄は殆《ほとん》ど祖母に育てられたのです。
私ども兄弟は幸に丈夫でしたが、孫の於菟さんは早く母に別れ、乳母の乳が悪かったというので、始めは弱々しかったのに、母はその頃家事に忙しいので、祖母の心配は一通りではありません。「森家の長男に気を附けねば」とよく世話を焼かれたのですが、時には焼かれ過ぎることにもなるので、皆うるさがり、困りもしました。もう団子坂へ移ってから、於菟さんが腎臓病に罹《かか》って、「入院させたら」という話になった時、「私の傍から連れて行ってしまうのはあんまりだ」と、泣いて承知せられませ
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