集って謡の会をするのに、祖父も混っていられました。藩主は謹厳な方で、歌舞音曲はお好みになりませんでしたが、謡はなさるとのことでしたから、自然家中の者も嗜《たしな》んだのでしょう。その祖父が或夜帰られませんので、病気でも出たのかと早朝人を出しましたら、途中の森の社《やしろ》の廻廊で睡っていたというのです。
「誰とも知らぬ二、三の人と出逢って、ここに立寄ったが、医道について論ずるのに、甲論乙駁《こうろんおつばく》という有様で果てしがなく、ついに言伏《いいふ》せはしたが、ひどく疲れた」と祖父はいわれたそうです。
「高時」の芝居を見てそのことを思浮べた私は、そっと祖母の袖を引いて、「おじい様がお社で人と議論をなすったというのも、あんなでしたろうか」と申しましたら、「そんなお話は人中でするのではありません」といわれました。
頭は円いし、相貌《そうぼう》は立派ですし、祖父もあんな風ではなかったかと思ったのです。それで帰ってから兄たちにいいましたが、誰も相手にしませんかった。
[#改ページ]
祖母
森の祖母が八十八で亡くなったのは明治三十九年七月で、ちょうど於菟《おと》さんと、宅の長男
前へ
次へ
全292ページ中248ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小金井 喜美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング