いました。
「今お側にいた小僧は、額の真中に大きな目が一つしかありませんかった。」
「ばかをいうな。そんなものがあるものか。お前の見損いだ。」
「いいえ、河童《かっぱ》が出たのです。あの閻魔堂の前の川には河童がいます。」
 蘭軒は高笑いしました。「目が闇《やみ》に慣れて来た。思いの外暗くはない。提灯と傘とを拾って来い。」
 伊沢の家には近視の遺伝がありました。それで蘭軒は童子の面を見ることを得なかったというのです。なんというよく似た話でしょうか。けれども森の家には近視眼の遺伝はないのです。
 ずっと後のことですが、次兄の篤次郎は筆名を三木竹二《みきたけじ》といって、大の芝居好《しばいずき》で、九代目団十郎が贔屓《ひいき》でした。その団十郎が「高時《たかとき》」を上演しました時に、勧められて祖母と一緒に見に行きました。母は次兄に連れられて、とっくに見られたのです。
 団十郎の扮《ふん》した高時の頭は円く、薄玉子色の衣裳《いしょう》には、黒と白との三《み》つ鱗《うろこ》の模様が、熨斗目《のしめ》のように附いていました。立派な御殿の廂《ひさし》の蔀《しとみ》を下した前に坐っています。どろどろ
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