に西氏に語りましたのには、或日金沢の士が二、三人尋ねて来て、どこかで酒を酌《く》んだようですが、それきり帰りません。その後見た人がないのですから、きっと殺されたのでしょう。翌日その室を見たら、取散らしたままになっていたから、遁《のが》れたのではありますまい、とのことでした。あたら才分はありながら終をよくしなかったのは惜しいことでした。
祖父が病を押して江戸からお国へ帰る途中、近江《おうみ》の土山《つちやま》で客死せられたのは、文久《ぶんきゅう》元年のことでした。長兄が生れる前年です。ですから私たち兄弟の誰も祖父の顔を見ていません、写真もないのですから。
祖父の容姿のよかったことは前に書きましたが、その歿後《ぼつご》、祖母には経済の才があると、兼ねて聞えていたのでしたから、再縁を勧める人が多い内に、藩でも有名な富豪の某家から是非にと望まれました。森の家はもともと資産などないのでしたので、応分の補助をする、後嗣《あとつぎ》も生まれて御家庭の心配もあるまいから、どうか来てもらいたいと、断っても断ってもいわれます。ついには祖母の里方、長州|鷹《たか》の巣《す》の木島家までも手を廻したので、
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