を雲の上に見んとは
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と詠んでいられます。それを後に福羽美静翁が半折《はんせつ》に書いて、自ら讃歌を添えて贈られたのが、懸物《かけもの》になって残っていました。俳諧《はいかい》は大阪にいた頃|点取《てんとり》ということを人から勧められたけれど、宗匠の人物に不服だったのと、無学の人にも叶《かな》わなかったりするので廃《や》めたのだそうです。
碁も謡も少しはなさいました。若い頃には碁に凝ったこともあるらしいのですが、或《ある》集会で十ばかりの童子でその道の天才といわれるのと打って見ましたら、少ししたらその子が声を立てて笑って、「いやだ、おじさんは。わたしがこう打てばこう、ああ打てばああと考えたのでしょうが、それではだめですよ」といいました。じっと考詰《かんがえつ》めてしたことに図星《ずぼし》を指されて赤面して、もう続ける気持がなくなったそうです。その子は盤を離れると、そこにある菓子を食べたり、相撲《すもう》を取ったりして、外の子供と少しも変らないのに、その道にかけては怖《こわ》いものだといわれました。
風采《ふうさい》もよく、背丈《せたけ》もあり、同役は著流《き
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