十路《ななそじ》の身の
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   祖父

 森の家は、石州《せきしゅう》津和野の城主亀井家に代々仕えた典医でした。亀井家は元和《げんな》三年に津和野に封ぜられてから十二代になり、森は慶安《けいあん》から天保《てんぽう》年間までで十一代になりました。祖父はもと佐々田|綱浄《つなきよ》といった人で、若い頃は江戸、大阪、長崎と、諸国を遍歴しました。天保二年に逝《ゆ》いた森|秀庵《しゅうあん》の養子になった頃は、年がもう四十位でした。通称は始め玄仙といったのを、後に白仙と改めました。亀井家では奥附という勤めでした。この祖父が十二世なのです。
 祖父は性質が謹厳でしたが、同時に放胆な一面もあったそうで、趣味も広かったので、蔵書には医書の外に歌集、詩集、俳書などもあったのです。その中に橘守部《たちばなもりべ》の『心の種』があったといって、後年長兄が私に下さいました。漢文も達者に書かれたらしいのですが、詩は一つもないそうです。歌は好まれたと見えて、始めて江戸へ出る時に富士山を見て、
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おもひきやさしも名高き富士の根の
    麓《ふもと》
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