ぞ》きますと、ただ静かに睡《ねむ》っているようですが、もうこの世の人ではありません。拝をしてから額に触《さわ》って見ましたら、氷のような冷かさ。それが電気のように沁《し》み渡ります。つい十日ほど前に、熱いお雑炊を、ふうふう吹いていた横顔が目に浮びました。涙と香の煙の立迷うのとで、そこらはただ朧気《おぼろげ》に見えました。
 遺骸《いがい》にはさっぱりした羽二重《はぶたえ》の紋附が著《き》せてありましたが、それはお兄様の遺物でした。納棺の時に、赤い美しい草花を沢山取って来て、白蝋《はくろう》のような顔の廻りを埋めたのが痛々しく見えました。私はそっと紙と鉛筆とを入れました。いつも身に附けていたものですから。
 書斎には蔵書が書棚に溢《あふ》れ、また昔からの趣味で、あらゆる物を切抜いて貼附《はりつ》けたのが山を成しています。もはやそれを読む人も、整理する人もないことを思いますと、またしても目頭《めがしら》が熱くなりました。
 それから毎日のように潤三郎の家へ行きます内に、並木の桜の花が咲き、それがまた忽《たちま》ち盛りを過ぎて、目蒲線を往復する電車の屋根を白くするようになりました。思えば遠い
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