います。外に誰もいないので玄関の戸の開く音も聞えなかったのでしょう。「人をびっくりさせてはいけないよ」と、紙に書いて見せますと、「いや、それほど重くはないそうで、ただ長くかかるといわれたものだから」といいます。
「長くかかってもいいではありませんか。お兄様のは一、二年だったけれど、お父様のはよくなったり、悪くなったり、随分時がかかったでしょう。老年になれば誰でもする病気ですから、気を附けて体の調節を図ったら、きっとよくなりますよ。安静にしているのが第一ですから、あまり出歩かぬことですね。」
私はこう書いて見せて、その日は帰りました。
潤三郎の耳の遠いのは昔からです。賀古《かこ》さんの病院へ通って、代診の内藤さんというのが優しいよい人だったので、それほどでない時にも、よく診《み》てもらったものでした。
大正十一年にお兄様がお亡くなりの時、一週間ほど詰切《つめき》って、葬儀が済んで帰宅したその晩から大熱を出して、四、五日を夢中で過して、ようよう全快しましたものの、その時から耳は全然聞えなくなりました。精神上の打撃からだと医者はいわれます。それでも端《はた》の者が思うほど苦にもせず、元
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