こけ》のついた石に紅葉の散っている時などはよい眺めでした。或建築家が、乾いた庭は息詰りがしてならぬ。水はつくばいの水だけでもよい。庭でそこばくの水を眺めるのは、お茶を飲むのと同じ気持がするといわれました。兄はよく草履ばきでその石の上に跼《かが》んで、そこらを見ていられました。明治二十九年の句に、「亡父を憶《おも》ふ」として、
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俤《おもかげ》やつくばひのぞく秋の水
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というのがあります。
 こんなことを思返している内に式は終ったのでしょう。あたりの人々のぞよめく気はいがし始めました。
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   弟

 昭和十八年十二月十三日のことです。弟|潤三郎《じゅんざぶろう》から来た葉書に、「工合が悪いので医者へ行ったら、萎縮腎《いしゅくじん》との診断です。とうとう父上、兄上と同じ病気に懸《かか》りました。いずれ跡を追うことになるでしょう」とありました。びっくりして他へ行くはずだったのを止《や》めて尋ねましたら、家はひっそりとしています。あまり静かなので黙ってそっと上って襖《ふすま》を開けますと、潤三郎は机に倚《よ》ってこっちを見て笑って
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