で、何かとさぞ御苦労だったでしょう。佐佐木信綱《ささきのぶつな》氏が見えます。私と同年位なのに、よく遠くまでお越しになったこと。あちこちに知ったお顔も見えますが、ただ目礼だけして置きます。席に落ちつきましたら、隣に石井|柏亭《はくてい》氏、千ヶ崎悌六《ちがさきていろく》氏がいられるので、『冬柏《とうはく》』の歌会のあった頃を思出しました。前列から振返って目礼せられたのは額田《ぬかだ》医学博士御夫妻でした。兄が臨終の時お世話になった方です。
「沙羅《さら》の木」の詩が合唱せられて、式が始まりました。曾孫たちの小さな手で、幕がするすると除かれます。谷口吉郎《たにぐちよしろう》博士の設計に拠るということで、特に明治の煉瓦《れんが》を集めて十三|間《げん》の塀《へい》を作り、二尺五寸に三尺六寸の横長の黒|御影石《みかげいし》を嵌《は》めこみ、それに永井荷風《ながいかふう》氏が「沙羅の木」の詩を書かれたのです。その傍には詩に歌われた根府川石《ねぶかわいし》をあしらった沙羅の木の白い花が一つ二つ夢のように咲いています。
 左寄りに大理石の兄の胸像があります。これは武石弘三郎《たけいしこうざぶろう》
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