たが、帰りしなに勝手へ出て女中に聞きましたら、「行くなとおっしゃるのに、お出かけになったのです」と、女中も不服そうでした。類さんは熱があるらしく、その枕元《まくらもと》で兄の何かと慰めてお出《いで》の声が聞えます。こんな時には皆困ったことでしょう。
このつるというのは、まだ若いのに、無口で、寂しい顔立ちをした女でした。やかましく叱られても口答《くちごたえ》もせず、いつもいいつけられた通りに牛乳瓶の消毒などをしていました。何か面倒な家庭の子でしたろう、暫《しばら》く世話になっていたようでした。
その頃私の家には、どこからか迷って来た鳩がいました。近くの白山《はくさん》神社の群から離れたのかも知れません。それがよく馴《な》れて、卵をかえしたり、雛《ひな》をはぐくんだりします。それを見せるといって、類さんを連れて来ました。そんな時はつるも楽しそうで、晴やかな笑顔をしていたのですが、するとそこへ、「早くお帰りなさい」という電話です。「遊び過ぎました」といって、急いで帰る時の女の顔は、いつものように寂しそうでした。
[#改ページ]
建碑式
七月九日の鴎外の命日に、詩碑の除幕式があ
前へ
次へ
全292ページ中219ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
小金井 喜美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング