そうで、床の間に皇后陛下(後の昭憲皇太后《しょうけんこうたいこう》)のお短冊が掛軸になって掛っていました。赤地に金箔を置いた短冊に、美しいお字で書かれていました。早速写しとりましたが、幾年か立つ内にその手帳を失い、お歌も忘れました。
広いお座敷の襖《ふすま》が黒塗の縁で、浅葱色《あさぎいろ》の大きな紋形がぽつぽつあるのを、芝居で見る御殿のようだと思いました。お庭は広く、立樹も多くて、六番町の化物屋敷と人はいいました。きっと荒れた邸をお買いになったのでしょう。曲りくねったお廊下などがあって、隠れん坊をするに好いのです。小さいお嬢さんと夢中になって遊んでいると、お祖母様に叱《しか》られます。
「今日はお習字だよ」と仰しゃると、墨を磨《す》るお手伝をします。毛氈《もうせん》を敷き、太い筆を執っていろいろお書きになる時には、きっと一、二枚はいただきました。或人が、いただいたお短冊が百枚になったからと、それを版にしたのを幾冊か持って来たことがあり、その一冊もいただきましたが焼きました。
仲秋の名月の頃、月見に連れて行こうと仰しゃって、お嬢さんとも御一緒にお供をしました。その時始めて馬車に乗り
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