にお化粧をなすって、口紅の赤いのが目に附きました。当時子供だった私には、あまり見かけない御様子なのでした。濃い黒髪がつやつやしていたことを覚えていますが、髪形はどんなでしたか、記憶にありません。人の噂《うわさ》では芸者だったともいいますが、どうでしょうか。歌会などへいつも一緒に行って下さる祖母も、「あんな御様子の方ではねえ」といっていました。それでただ一度伺っただけで、学校へ行くようになってからは御無音《ごぶいん》に過ぎました。
小金井へ縁附いて、程《ほど》過ぎてからのことです。少し落附いて何かして見たいと思う時に、兄が井上通泰《いのうえみちやす》氏の紹介で松波資之《まつなみすけゆき》氏へ伺って見よと申されました。井上氏は兄の親友|賀古鶴所《かこつるど》氏と別懇なのでした。
何でも牛込見附《うしごめみつけ》からかなり行って、四谷《よつや》見附の辺のお堀端《ほりばた》から松の枝が往来へ差し出ているのが目につくあたりにお住いだったと思います。痩形で、少し前屈《まえかが》みの恰好《かっこう》の静かなお年寄でした。優しい奥様もいらっしゃいました。
その頃私は小さい子供を持っていましたので
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