庭の花を持っては、よくお参りしましたが、疎開以来遠くはなりますし、だんだん私も老年になりますので、お彼岸くらいにしかまいられません。
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   古い手紙

 兄の洋行されたのは明治十七年八月で、船はフランス船メンサレエ号というのです。ベルリンへ著《つ》かれたのは十月十一日でした。出立後家族の者は、ただ手紙の来るのばかりを待っていました。翌十八年の正月にカードを送られた時の私と弟との喜びは非常なものでした。ついぞそうした物は見かけませんでしたから。
 忙しかったでしょうに、よく手紙を下さいました。こちらからも度々出したものでした。「独逸《ドイツ》日記」というのに、「家書|到《いた》る」ということが、月に二、三回はきっと見えます。それが滞独中ずっと続いています。日記もよく附けていられました。
 その頃千住に佐藤|応渠《おうきょ》という人がいられたのに、お兄様は詩を見ておもらいになって、親しくなさいました。学者としてあがめられても、もともと漢方のお医者でしたから、時代後れで、質素なお暮しでした。私が稽古《けいこ》に通った関澄《せきずみ》桂子さんともお附合《つきあい》なのです。そ
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