事を得ば幸に候。今朝思ひ出で候まゝ、匆々《そうそう》以上。七月十九日朝。
拝啓。一昨日は御書を給はり、辱く奉存《ぞんじたてまつり》候。其節御恵贈の朝鮮産西洋種|梨子《なし》、誠にやすらかにして美味、有難存候。彼の争議一件御筆にのせられ候由、以て当今社会の現況を知る事を得べく、楽しみ罷在《まかりあり》候。何卒《なにとぞ》御示下され度希上候。土山の下の終に、深山に佗《わび》しくくらし居り候老僧にかしづきゐる婦人の京の客の帰り行くをたゝずみて遥《はるか》に見送る心情、いかにも思ひやられ候。
林太郎君在職中遺業の一つがどふやら湮滅《いんめつ》せんとするありて、此頃後々迄もはつきり書きて遺したく、それぞれ調べ中に候。昨日も目黒の奥の方の又奥迄人を尋ねまゐり候。どこ迄行きてももとは荒野なりしが、町つづきになりて、ビルヂング様の建物も見え、草屋根の家などは一向見えず、いやに開けたものと呆《あき》れ申候。
千葉あたり田舎の家屋は昔に変らねど、人心のいやに青竹の手すり然と険悪にすれからしになりたるも心にくゝ覚え候。どこか秋の虫をきゝ、肱《ひじ》を枕にゆるりと午睡し得る所はなきかなぞ夢想せられ候。
貴詠
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