か直らぬとのお手紙だったので、襟巻も利き目がなかったと、家で話合いました。その頃には、焼跡に新築を急いでいられるようでした。
 次に載せるのは、翌十三年四月十日に、主人宛に寄せられたものです。
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拝啓。今朝与謝野氏来訪、不折《ふせつ》書林太郎君墓銘数葉持参致し、誠によき出来に候。礼金は先づ筆墨料として×円|許《ばかり》投じては奈何《いかん》との事に候。三十余枚も書き試みたる趣に候。御序《おついで》の節立寄下され候はゞ幸に候。此書|悉《ことごと》くを団子坂に送りやるべきか、奈何(後略)
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 次に昭和に入ってからのを数通載せます。
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又寒くなり申候。日露戦役後に於《お》ける兵站《へいたん》衛生作業のあらまし、奉天《ほうてん》戦前後に於けるを当時の同僚安井氏の記したるを、頃日《けいじつ》『軍医団雑誌』といふのにのせ候趣にて、其別冊数部を送りこし候まゝ、筋違ひのつまらぬものなれども、一冊拝呈仕候。此戦役の前半、即ち第二軍に於ける兵站衛生作業、南山役《なんざんのえき》、得利寺役《とくりじのえき》(大石橋《だいせつきょう》、蓋平《
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