られました。
 今思出してもおかしいことがあります。病院を経営なさる御都合上、幾らか相場《そうば》にも関係なさったらしく、或時好条件の株があるが買ったらと、頻《しき》りにお勧めになるので、金子《きんす》をお預けしたのだそうです。ところがそれが全く思惑《おもわく》違いとなったので、いつものさっぱりした気性にも似ず、ひどくそれを苦になすって、こちらでは忘れた頃になっても、まだ済まなかった、済まなかったとおっしゃる、と母が笑っておりました。
 大正十一年兄の終る時には、よく団子坂へ来ていられました。何んのお話をなさるのでもなく、ただ枕元《まくらもと》に坐っていられるだけでも、兄にはそれが何よりも心丈夫らしく、尋ねた時に賀古氏が来ていられると聞くと私までが、よかった、と思ったことでした。
 大正十二年の震災に病院は焼けましたが、あの悪いお足であちこちお逃げになったのに何の怪我《けが》もなくて、本郷森川町新坂上の御親戚に避難せられました。その冬お見舞として駱駝《らくだ》の毛糸で襟巻《えりまき》を編んで差上げたら、大変お喜びで、この冬は風も引くまいとの礼状でした。ところがその後に風を引いて、なかな
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