お亡くなりになったので、老年の母上によくお尽しになるのでした。病院にお住いの頃でしょう。夜を更《ふか》してお帰りになると、母上は睡《ねむ》らずに待っていられます。廊下でわざと足音を高くして、「おっかあ、帰ったよ」と、一声お懸けになると、それで安心してお休みになるのだとのことでした。ほんとは何とおっしゃるのか知りませんが、そうお話になるのを聞いて、「御尤《ごもっとも》で」と、幾度も母はうなずきました。兄なども母の晩年には、出這入《ではい》りの度に、廊下づたいに部屋の傍まで来て声を懸けますので、母はどんなにそれを喜んでおりましたか。年寄の気持は、皆同じことでしょう。
 上総《かずさ》の日在《ひあり》に賀古氏の別荘が出来た時、兄もその隣の松山に造りました。その二つに鶴荘、鴎荘の名を附けて、額を中村|不折《ふせつ》に書いてもらったのですが、賀古氏の方は簡単でも門がありますから、すぐ掛けられましたけれども、森の方には何もないので、いつまでも座敷の隅に置いたままになっていました。後になって入口の格子《こうし》の上に掛けたとか聞きました。日在へは兄はあまり行きませんでしたが、賀古氏は晩年よく行ってい
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