は、と申しましたが、おはいりになりません。通夜をして下さるお心持と見えました。ちょうど長兄が旅行中で留守でしたので、幾分かそのためもあったのでしょう。
病院が手狭《てぜま》と見えて、お住いは小石川|水道町《すいどうちょう》でした。召使を代えたいからとのお話で、旧|津和野《つわの》藩の人の娘をお世話したことがありました。幾度か事細《ことこま》かな書面を下さるのでした。その娘を連れて伺った時、お座敷に坐っていますと、お庭の中を流れる水の音が、さらさらと優しく聞えました。水道町ですから、水は御自由だったのでしょう。由緒のあるお家らしく、風雅な構えで、障子の腰張《こしばり》に歌が散らし書《がき》にしてありました。その折奥様にもお目にかかりました。賀古氏は常磐会に歌をお出しになるのでしたから、歌人にもお知合が多かったのでしょう。井上通泰氏などは特に御別懇のようでした。ずっと前に、私どもが滝野川《たきのがわ》へ散歩した時、まだ詰襟服《つめえりふく》の井上氏を連れて、掛茶屋《かけぢゃや》に休んでいられるのにお会いしたことなどもありますから、古いお知合だったのでしょう。
賀古氏の父上は、割合に早く
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