のを、次兄の篤次郎と相談して、独逸へ電報で諾否を問合せて、ずんずん事を運んでおしまいになったのです。昭和四年の九月でしたが、或日|賀古《かこ》氏から私宛のお手紙が来ました。
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お天気が晴候まま、庫に入り古トランクをかきまわしたる所、こんな古書が出ました故、御手元へさし上げます。誠に御不沙汰《ごぶさた》いたします。漸《ようや》く涼しくなり候まま、近日御伺いいたします。九月十三日、鶴所。
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 中に兄からの電報が封入してありました。私の縁談の時のもので、こちらからは何とお打ちになったのか知りませんが、それには仏蘭西《フランス》語で、ただ「承諾」の一語があるのでした。電報用紙は桃色の縦四寸、横五寸余のもので、封筒にはいっています。千八百八十八年とありますから、随分古いものなのです。賀古氏の小川町の病院は震災に焼けましたが、蔵が一つ残りましたので、その中にあったものと見えます。
 次兄篤次郎は賀古病院で終ったのですが、その頃は随分お盛んのようでした。次兄の臨終の後で、私どもと夜の更《ふ》けるまで話していて下さるので、お疲れでしょうから、お休みになって
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