、卒業後兄に縁談のあった時に、「あんなに仲よくしていたのだから、どちらの方でも貰《もら》って、ほんとの親戚《しんせき》になったらよかろうに」と、母が勧めたようでしたが、そのままになったのは、兄が承諾しなかったと見えます。卒業後|程《ほど》なく緒方氏は大阪へ帰られました。
賀古氏と兄とは、終生真実の親戚以上の交際を続けました。賀古氏は陸軍の依託学生なのでしたから、すぐに陸軍に出られて、日清日露《にっしんにちろ》の両役にも出征し、予備役へ編入されてから病院を開《ひらか》れたのです。
兄の洋行中、私が学校へ通うために、祖母と本郷の下宿に暫くいた頃に、賀古氏は病気で入院していられ、若い奥様が附添って世話をしていられました。そこへお見舞に行った祖母は、私へのおみやげというので、お菓子や果物を沢山いただいて来て、「林《りん》と同じに、孫のように思われる」といわれるのを私は笑ったことでした。その予後が思わしくなくて、一生片足を引かれるようになりました。さぞ御不自由のことでしたろう。
私が小金井の人となりましたのは、賀古氏のお世話なのでした。兄は洋行中でしたから、帰った後にと両親は思っていました
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