十二番目のお子さんで、御兄弟が非常に多かったのでした。十三郎といわれ弟さんもありましたが、字はどう書くのか覚えません。この弟さんは、兄さんの温厚なのに似ず才気|煥発《かんぱつ》した方で、何か失行のあった時、名家の子弟であったためか、新聞に書立てられて、その方を鍾愛《しょうあい》なさる母上がひどく苦になさった時など、緒方氏は母上がお気の毒だといって、寝食を忘れるほどに心配なすったのでした。
 緒方氏がまだ十歳くらいの頃、大阪の家の広い庭で遊んでいられた時に、父上が厠《かわや》から出られたと思うと、手洗の所でひどく咯血《かっけつ》せられました。「それをただ立って、じっと見ていた」と話されたことがありました。父がないのだから母が思い遣られる、とよくいわれましたが、その母上は大勢のお子さんたちをお生みになって、気性のしっかりした方《かた》とのことでした。上のお兄様は陸軍の軍医になっていられ、兄が陸軍へ出るようになった始の頃に、地方へ検閲に行った時の上官で、一緒に写された写真を見ましたが、痩型《やせがた》の弱々しい風貌《ふうぼう》の人でした。
 賀古氏も緒方氏にも妹御《いもうとご》がおありなので
前へ 次へ
全292ページ中189ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小金井 喜美子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング