り》候。中にも、知行一致といふこと反復して説きあり、常の人は忠とか孝とかいふものを先づ智恵にて知り、扨《さて》実地に行ふとおもへり。知ると行ふとは前後ありとおもへり。是《こ》れ大間違なり。譬へば飯といふものを知るが先にて、扨《さて》後に食ふとおもふ如し。実は食はんと欲する心が先づありて飯といふものも生じ、食ふといふ行は初めの食はんと欲する心より直ちに出で来るなり。忠も孝も前後などは無しとの説なり。この王陽明が、「行は智《しること》より出づるにあらず、行はんと欲する心(意志)と行《おこない》とが本《もと》なり」といふ説は、最も新しき独逸《ドイツ》のヴントなどの心理学と一致するところありて、実におもしろく存候。其外仏教の唯識論とハルトマンとの間などにも余程妙なる関係あり。此《かく》の如き事を考ふれば、私の如く信仰といふこともなく、安心立命とは行かぬ流義の人間にても、多少世間の事に苦《くるし》めらるることなくなり、自得《じとく》するやうなる処も有之やう存候。
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 この次のは三十四年も押詰った頃のもので、翌年の三月には上京されましたから、小倉からの長い手紙は、これが最後
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