に第一大区医学校へ入学しました。それからは至って順調で官費生となり、第一位の成績で卒業したのは明治十三年の夏でした。時に満二十一歳七カ月です。その間に帰郷したのは幾度でもありませんでした。その頃病弱だった実父が亡くなりました。卒業後すぐに洋行、帰朝して教授というようなわけでした。母は一両年してから、弟妹とともに引取られて上京し、近くに住われるようになりましたが、親とはいいながらも、主人との間は割合にあっさりしたもので、森の母と兄とのことを見馴れた目には、ただ驚かれるほどでした。こちらよりあちらで遠慮をなさるので、話は何でも私に取次がせられるのですから、何かと意志の食違いが多くて、お互にお気の毒なのでした。幾年かして弟は戦死し、妹は縁づき、その後に私どもと同じ家で御一緒に生活するようになりました。子供らも追々に物事が分るようになりましてからは、母も何かと孫に話されるので、そうしたことから気分も大きに和《なご》むようになりました。母も主人の健康の思わしくない時などは取越苦労《とりこしぐろう》をなすって、いつかは、「ここのお父さんにもしものことがあっても、私はお前と離れようとは思わない。伯父
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