ことにていかなる境界《きょうがい》にありても平気にて、出来る丈《だけ》の事は決して廃せず、一日は一日丈進み行くやう心掛くるときは、心も穏《おだやか》になり申者《もうすもの》に候。小生なども其|積《つもり》にて、日々勉学いたし候事に候。物書くこともあながち多く書くがよろしきには無之《これなく》、読む方を廃せざる限《かぎり》は休居《やすみおり》候ても憂ふるに足らずと存じ候。歳暮御忙しき事と御察し申上候。当地は二三日代りに乍寒乍暖《たちまちさむくたちまちあつし》、まだ小寒なるに梅など処々|開居《ひらきおり》候。
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    十二月二十九日雨夜[#地から3字上げ]林太郎
   きみ子様
 文中に見えています小金井の母は、長岡藩の名流の長女に生れたので、小林|虎三郎《とらさぶろう》氏の妹でした。子供が非常に多く、世の変遷のために、幾多の難儀をなさいました。次男に生れた主人などは、小さい時に同藩の家へ養子に遣られ、その養父に附いて上京したのですが、大学南校へ通う内に、頼りにしたその養父に死別《しにわか》れましたので、他家の食客にもなり、母の弟の助力で医学に志して、明治五年の暮
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